下川太志(代表)紹介

ガチガチ専門 代表

株式会社ジーモスト 代表取締役

氏名 下川太志(しもかわふとし)

生年月日 昭和48年5月11日

血液型 A型

最終学歴 国士舘大学体育学部体育学科

身長 170㎝

体重 72㎏

 

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セラピスト人生 15年の軌跡

この記事を書いている今日は、平成28年1月末日。

 

「ほんわか道」がスタートして丸10年を迎えました。

数々の経験を積み重ね作ったサロンがこの「ほんわか道」です。

現在は「ガチガチ専門」として活動しています。

今振り返ればたくさんの失敗を繰り返し、耐えて、変化させて少しづつではありますが結果が付いてくるようになりました。

恥ずかしい未熟な経験も沢山ありますが、包み隠さず10年の歴史をお話ししますのでどうぞお付合いください。

 

 

 

私がセラピスト人生を歩み始めたのは今から約15年前の当時27才の時です。

大阪なんばの地下街にある全国チェーン店にアルバイトとして勤務していました。

時給は900円。

当時はベッド施術ではなく、チェアータイプの施術がスタンダードでした。

「リラクゼーション」という言葉さえも馴染んでいない時代で、「癒し」という言葉もこの頃からよく使われるようになったと記憶しています。

そのサロンで基礎を学び、自身で整体も学びながら毎日たくさんのお客様をほぐし続け基礎ができあがりました。

まだサロンが少なかった事もあり毎日毎日が本当に忙しかった事を覚えています。

当時から親指は痛くてテーピングを巻きながらの施術を繰り返していました。

指の痛さを深刻に考えることもなく、とにかく施術が楽しかったので来るお客様全員に全力で施術をおこなっていました。

そんな時に当時の店長に独立のお誘いを受けオーナー業がスタートすることになります。

結局このサロンには3年間勤めました。

 

独立といっても何にも分かりません。

独立心があったわけでもなく、「楽しそうだな」という動機で始めました。

当時、私は30才。

店長と二人で共同経営することになり、経営の基本を教えていただきながらの作業が始まります。

全ての事が初めてで新鮮で毎日が楽しかったですね。

前職場からスタッフ3人を誘い出し、気の合う仲間5名で和気あいあいと念願の開業です。

この時の気分は最高です。ワクワクが止まりません!

当時もそれなりに技術に自信はあったので失敗する事など考えませんでした。

 

そして自信満々でオープンしたサロンは凄まじい勢いで売上を伸ばします。

ホームページ、チラシを手作りで私が作成しました。

今思えばこれといった戦略があったわけではありません。

当時の売りは店内外の雰囲気の良さだったので、その写真をふんだんに使いアピールしました。

それでもお客様は次々と来店されます。

集客は私が作成したホームページとチラシの効果だと思い込んでいました。

マッサージサロンがまだまだ少なく、開業した地域には競合がいません。

イケイケの私は単独の独立願望がフツフツと湧いてきます。

出店する事に良いイメージしかありませんでした。

「自分の店を作って稼ぎたい!」

そう思うと、私はもう止まりません。。

 

たくさんのわがままを聞いていただき、新しいサロンを開業させていただきました。

これが私の本当のサロンオーナー業の始まりです。

 

当時32才。

このサロンが後の「ガチガチ専門」になります。

前サロンからスタッフ1名を連れ出して、他に3名のセラピストを雇いました。

 

前回の開業経験を活かして着々と準備を進めていきます。

奈良県内の駅前店舗を探し歩きました。

なかなか希望通りのテナントが見つかりません。

駅前の路面店は厳しくなってきたのですが特に気にする事なく、

「だったら2階にしよう」と簡単に作戦を変えてしまいます。

怖いものがなかったのか、、バカだったのか、、。

奇妙な自信と余裕がありました…。

今改めて振り返ると、、、怖いです。

 

結局、県内乗降者数3位の王寺駅近くの2階テナントに決定しました。

前サロンで自信をつけてしまったホームページ、チラシで宣伝を行えば大丈夫という若干32才オーナーの決断です。

準備も整いサロンが完成しました。

自分の城が出来上がったなんとも言えない高揚感。

一国一城の主人です。

最高の気分です。

これからは自分の判断でサロンを成長させなければなりません。

誰にも頼れません。

やってやるぞ!と気合は十分です。

 

そして縁起を担ぎ平成17年11月1日にオープンです。

内装にはこだわりモダン和風でお洒落で落ち着く空間に仕上がっています。

もちろんこれを一番の売りにしています。

スタッフは私込みで5名。

女性は1名でパートです。月6万てとこです。

前サロンから連れてきたスタッフは一番信頼していました。

お給料は23万です。

あと2名はオープンに合わせ18万で雇い入れました。

必要経費をザックリ計算すると…

 

テナント料 17万

光熱費    2万

通信費    1万

借入返済   12万

人件費(23+18+18+6)65万

その他雑費  3万

合計 100万!!

 

前サロンでは月に150万売り上げていたので、そのままの感覚で計画しています。

経費を100万以内に収めて残りは俺のものだ!と言う事です…。

当時はまだ結婚もしていなければ子供もいません。しかも実家暮らし。

きっと怖いものがなかったのでしょうね。

そして「ほんわか道」は動き始めます。

 

前サロンのように路面店ではないので、駅前やテナント前でチラシを配り続けていました。

しかも私が作成した自信満々のチラシです…。

チラシの内容は確か、店内写真を一番目立つように乗せてイメージ戦略です。

あとはサロンの詳細を乗せました。

営業時間とか料金とか。

料金は10分1000円です。

まだ安売り店は存在しない時代です。

当時はこの料金がスタンダードでした。

 

オープン当初からチラシ配りに力を入れました。

いつもスタッフは空いている状態でしたので1日200〜300枚は配れていました。

特に目を引くようなキャッチコピーなどありませんが、

競合がいなかったのでそれでもチラシを見て来ていただけました。

まだ珍しさがあった時代です。

しかし月間の経費が100万円ですから、それ以上売り上げないとエライことです。

 

そしてオープンから1ヶ月が経ちましたが100万円いきません。。

その後も唯一の戦略であるチラシ配りをスタッフ全員で一生懸命頑張っていました。

数ヶ月が経っても売り上げが伸びることなく100万円を切り続け、

私に入ってくる報酬は当然ながら1円もありません。。

 

幸い実家暮らしで結婚もしていませんから平気な顔をしていられました。

親はどう思っていたのでしょうね。

今思えば心配だったと思います。

 

そんな私でしたが、まだまだ心は折れていません。

 

「一度でもいいからご来店いただけたら良さを分かってもらえる」

「リピートしていただける」

 

そう信じてチラシ配りを続けました。

私はというと数字とにらめっこです。

思うようにいかない現実と少しずつ向き合うようになってきます。

 

売上が100万ないとスタッフにお給料を支払えません。

信頼くんには優先して渡すようにしていました。

他のスタッフには18万ずつ払えません。

スタッフ達は事情を分かっていたと思います。

 

そして一人のスタッフが「辞める」と言ってきたのです。

お給料が問題のようです。

当然です。

毎月10万では生活できるわけありません。

彼は辞める時に「ほんわか道のスタッフを続けたかった」と言ってくれました。

嬉しい言葉でもありましたが、非常に辛い言葉でした。。

 

オープンして半年が経ちましたが、一向に上昇気流に乗る気配がありません。

当時は「癒し」を前面に打ち出し、疲れている人「全員」をターゲットにしていました。

マッサージに興味ある人は全員来なさい!というスタンスです。

気持ちいい施術を行えば常連さんになってくれると信じて、まだまだチラシ配りを続けます。

 

そんな時にまた一人のスタッフが「辞める」と言ってきました。

きっと私の厳しさに耐えれなかったのでしょう。。

売上が伸びない焦りから私自身に余裕がなくなっていました。

私とスタッフの温度差が違いすぎて腹ただしく感じていたのです。

スタッフに対して厳しく対応するようになっていました。

 

経営者は戦略の立案と実践の繰り返しです。

スタッフと同じように現場で作業だけを繰り返すとロクな事がありません。

しかし当時の私には戦略の立案などできませんでした。

現場管理こそが経営者の務めだと思っていたのです。

 

スタッフ2名が辞めて、女性パートと信頼くんと私の3名になりました。

 

この時、私は何を思ったのか求人を出したのです。

 

実は信頼くんが辞めたら自分一人になると考えていました。

一人になる事が怖かったのです。。

 

そして素人さんを雇ってゼロから教育します。

このスタッフが後の主力となるのですが…。

 

新人くんは優しさが前面に出ているお人柄です。

セラピスト向きだと感じました。

彼はとにかく優しく、思いやりのある人です。

ただ少し不器用なところがあり人より覚えが遅かったかもしれません。

しかし新人くんは見事戦力となりました。

 

なんだかんだでオープン一周年を迎える事ができました。

誰がこんな一年目を予想したでしょうか。

オープン当初のみなぎる自信は既に崩壊していました。

でも「ほんわか道」を営業していかなければなりません。

二年目を飛躍の年にするために気合いを入れ直します。

 

当時33才。

もう決して若くはありません。

そろそろ人生設計もしっかりと考えなくてはいけません。。

 

サロンは今まで通りスタイルを変える事なく営業していきます。

売上も1年目とさほどかわりません。

私の報酬は10万あればいい方でした。

 

そんな時に友人から女性の紹介話をいただきました。

断る理由なんてありませんからもちろんお受けします。

 

一度お会いしてすんなりとお付き合いする事になりなりました。

その後デートをするわけですが、いかんせんお金がない。。

 

食事をすれば割り勘です。

彼女はどう感じていたのでしょうね。

 

食事くらい出してあげたかったので仕事を頑張るしかありません。

「割り勘男」の汚名返上に向けて考えます。

さあどうする。。

 

営業日数はこれ以上増えない。

営業時間を増やす?

それはちょっと…。

値引きだけは当時からしたくなかった。

広告出そうかな。

 

色々と考えていましたが実践することはありませんでした。

 

ちょうどこの頃からサロンの出店ラッシュが始まります。

同じ駅周辺にもサロン数が増えていきました。

 

当時「ほんわか道」では会員制を導入していました。

入会費2000円で会員価格になるシステムです。

会員様にはペラペラの安い会員証をお渡しして15%ほど安くなるシステムです。

 

他のサロンさんへ偵察に行くとそれぞれの会員システムがあり、

自分たちも何かをしなければいけない、という気持ちになっていました。

 

とあるサロンさんはポイント制です。

一定数もポイントが溜まれば何かしらの割引が受けれます。

当時大手電気屋さんでは、印字されるポイントカードを導入していました。

お金がありそうなサロンさんはそれをやっていて、

導入しようかと考えましたが高価すぎて断念です。

 

結局これらはリピート狙いのお得感を演出した割引なんですよね。

 

偵察は行っていたものの何かを実践することなく時間が過ぎて行きました。

当時力を入れていた宣伝がDMです。

毎月会員様にハガキを300件送っていました。

当時ハガキ代50円です。

15000円。そこにインク代をプラス。

20000円てとこでしょうか。

DMの内容にもよると思いますが、それほどの効果は感じることができなかったです。

 

やっぱりチラシ配りだよね、と言う事になり初心に戻りました。

 

ほんわか道は相変わらずの低空飛行を続けています。

開業時から2年間はマッサージチェアーによる施術が主流でした。

ベッドを一台設置してあったのですが時間の経過とともにベッドの稼働率が上がりチェアー施術を超えるようになってきたのです。

他店を回ってもベッド率が高くなってきていたので、

私たちもベッドを2台設置する事にしました。

しかしチェアーとベッドの施術方法は異なるので新たに勉強が必要です。

私がスクール、セミナーに通い学んだ事をスタッフに教え伝えていました。

私の10万いかない所得をそれらに投資するわけです。

 

そんな時にまた二人のスタッフが辞める事になります。

パートさんは家庭の事情で。

信頼くんは自身でサロンをやりたいとの事。

一ヶ月後に辞めていきました。。

 

こうなる事はだいたい予想できていました。

見ていれば分かります。

 

すでにこの時三年目を迎えています。

二人には二年半、共に頑張っていただきました。

ありがとうございました。

 

開業3年も経たない内に新人くんと私の二人となりました。

やるしかないので二人で頑張ろうと意気込みます。

 

ここで大きな環境の変化が訪れます。

「ほんわか道」は王寺駅南口ロータリーの脇道を入って1分ほど歩いたところにあります。

その脇道を賑わしていたイズミヤ・モスバーガー・なか卯が同時に閉店です。

巨大集客3店舗が一気になくなりました。

案の定脇道の人通りが激減です。

いや、誰も歩かなくなりました。

 

南口を利用していた人たちは北口の西友に行く事になったと思われます。

人通りがここまでなくなると景色が一変しますよ。

 

閉店ラッシュ前にリーマンショックがありました。

リーマンショックが直接関係しているかは分かりませんが、

こんな小さなまちにまで影響するのかと、

経済の怖さを実感した時でした。

 

その後、モスバーガー後には飲み屋さん。

なか卯には介護事務所。

イズミヤの後はなかなか入りません。

 

私は窓から外をぼーっと眺める事が多くなります。

売上が徐々に下がります。

飛び込みのお客様が激減しました。

ですが世の中のサロン出店数は伸び続けています。

 

お客様から「どこどこにもマッサージ店できてるよ」とよく教えていただきました。

正直そんな情報を聞くたびに内心はビクビクです。

 

いっその事立地の良い物件に移転しようかなと考える日々です。

 

どうすればお客様は増えるのか。

リピートしていただけるのか。

考えても考えても答えが出ません。

 

とにかくご来店いただいているお客様に全力で施術を行いサービスをする。

開業以来それはずっとやってきているはずです。

が結果が伴いません。

心が折れる寸前です。。

 

彼女とはなんとかやっていました。

しかしこの先どうやって生きて行けばいいのか分かりません。

 

売上のほとんどを講座や施術DVDに投資し勉強をしました。

来店されるお客様にはもちろん全力投球です。

 

投資する割には技術が身につかない。

お客様には一生懸命施術する割にはリピート率が悪い。

しかも指が痛い。

仕事が全然楽しくありません。

 

しかし、何んとかギリギリやっていました。

 

「ほんわか道」は4年目を迎えています。

実は私、34歳で結婚しました。

そう、1年前に紹介していただいたあの彼女とです。

 

貯金なんてありませんよ。

男のケジメです。

そして翌年に赤ちゃんの誕生です。

 

私の環境が変わるのと同時くらいに、サロン業界も激変していきます。

60分2980円サロンが突如として出現しました。

しかもすごい勢いで増えます。

 

「ほんわか道」の半額です。

もちろんお客様はそっちに流れます。

他のサロンも値下げで追随します。

 

私は思いましたよ。

半額にしたところで敵わないと。。

 

半額にすると今の2倍施術をしなければいけません。

「2倍施術しても今と同じだったら値引きしないほうがいい」

と思いました。

親指が毎日痛かったんです。

これ以上は無理と感じていました。

 

この時に本気で転職を考えましたね。

この時私はもうすぐ36歳です。

 

はたして転職なんてできるのだろうか。

何の取り柄もない36才。

毎日が不安で仕方ありません。

 

ギリギリのところで踏みとどまって居られたのは、

常連さんの「あなたじゃないとダメ」という言葉と、

家族の存在です。

 

力押しを約10年間やり続けてきた事もあり、

親指の第一関節・第二関節が痛くて痛くて仕方ありません。

 

そんなある日、とうとう親指の限界がきました。

 

いつもの様に常連様を施術をしています。

肩甲骨内側を上から体重を乗せて押していると今までにない鋭い痛みが走りました。

痛すぎたあまりに、押していた指を瞬時に引っ込めました。

常連様もそれには驚いた様子で、

「どうしたん?大丈夫?」

と声を掛けてくれました。

心配かけたくないので大丈夫な振りをして、

親指を使わない足の施術にそっと移りその場は何とかしのぎました。

 

それ以降体重を乗せる事が怖くなりました。

 

ほとんどの常連様は筋肉が硬い人達ばかりなのです。

しっかり押さないと満足していただけません。

しかも常連様に見放されたら、それこそ終わりです。

 

毎日の施術が苦痛でした。

「もっと強く押して」

と言われイライラしていました。

 

そんな空気を察したのか唯一のスタッフ新人くんが辞表を持ってきました。

彼は一番長く私と付き合ってくれました。

3年間一緒でした。

あなたなら何処でもやっていけるよ。

ありがとう、頑張ってね。

 

とうとう一人ぼっちです。。

でもそれは必然だったのかもしれません。

5人でオープンさせたのは約4年前の事です。

今思うと、勢いとノリで開業しました。

言わば学生のノリのような感じでした。

飯を食っていく事はそんなに簡単ではありません。

仲良しこよしではやっていけないのです。

 

と悟りました。

 

 

真っ暗なトンネルを一人彷徨い歩きます。

 

 

 

そんなある日、人生のターニングポイントとなる出来事が起きます。

 

その時も同じ様に筋肉の硬い常連様を施術していました。

「もっと強く」と言われない様に必死です。

でも指が痛い。。

首付け根を押していました。

指の痛さから逃れようと無意識に親指を内側に曲げてポイントに入れ込んだのです。

 

すると今までにない「効かせている感」を感じました!

指先から全身に鳥肌が立ちました!

もの凄く心地い感覚です!!

しかも指が痛くない!!

なんだこれ!!!!!!!

 

頭の中が一気に明るくなりました☆☆☆

 

「点の持続圧」が誕生した瞬間です。

 

そして首・肩・背中・腰とチャレンジしました。

その押し方で。

どこを押しても「効かせている感覚」が指先に感じ取れるのです。

何よりもあれだけ痛かった親指が痛くないんです(嬉泣)

 

暗いトンネルの先に、かすかな光が見えました。

 

これは使える!!!

 

施術が楽しくなり、その勢いで常連のガチガチさんに助言を求めました。

「ここ効きますか?」

私の「効かせている感」とガチガチさんの「効いている感」が見事にリンクします。

 

「◯◯さんの押してほしいポイント教えてください」

直接聞いてやりましたよ(笑)

効かせる自信はあったので、あとはポイントさえ分かれば完璧です。

こんな時にプライドなんてありません。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

ガチガチさんが喜ぶ押し方・押すポイントを聞いて聞いて聞きまくりました。

 

その結果、出来上がったのが「ガチガチ専門ほぐし術」です。

講座でみなさんに指導している内容です。

 

実は私の師匠はガチガチさんなんです。

 

そんな常連様であるガチガチさんは月に1万円以上ご利用いただけるので、

ガチガチさんばかりを施術すればサロンは伸びると考えました。

 

私の常連様(ガチガチさん)は一癖も二癖もある人たちです。

きっとみなさんは嫌だと思いますよ(笑)

 

しかし諦めずにやってきてよかった!

経験は財産です。

この数年間いい事は少なかったけど、得たものはめちゃくちゃデカイ!

失敗を繰り返し、軌道修正して、光のある方へ進む。

 

これからの可能性を信じて突き進む決意を固めました。

 

しかし顧客数が足りない。

さてどうやって集客しようか。

いろいろ悩んだのですが良い方法が見つかりません。

まずチラシや看板に掲げるキャッチコピーを考えました。

 

想像以上に効かせるサロン

辛い痛いを解消するサロン

どこよりも効くサロン

あなたの肩はもっとラクになる

 

 

まあ色々考えましたがどれもパッとしません。

 

 

そんな時です。

またもや大変な事が起きました…。

 

 

2011年3月11日 東日本大震災が発生します。

あの時の事を今でもハッキリと覚えています。

開業当時から来てくださっている常連のおばあちゃんを、

16時から足つぼマッサージをしていた時です。

 

なんだか揺れているんです…。

外の電線や木々がゆらゆらと。

 

はじめは関西の何処かで小さな地震が起きたのかな、

ぐらいにしか思っていなかったのですが…。

 

実際は…世界中を震撼させる超巨大地震でした。

 

多くの人々が亡くなりました。

なんとか生き延びた人々は死と隣り合わせで避難されています。

 

本当に辛い辛い時でした。

 

津波、火災が起こり、

最悪の原子力発電所の爆発まで起きてしまいました。

 

テレビ・ネット・新聞・ラジオ、

全てのメディアは連日震災の報道です。

 

生存者の方は行方不明のご家族・友人などの情報提供の呼びかけをしています。

 

食料や物資が不足しています。

 

そして、

続々とタレントや一般からの寄付や物資が届くようになります。

 

当時は笑うことができないくらいに日本中が沈んでいました。

お笑い番組は全て中断していたと思います。

 

日本中が自粛ムードです。

それは日本の試練の時でした。

 

そんな時、私はというと、

もちろん暇で売上も激減です。

 

それは仕方がありません。

被災者の事を思うとこの程度の事が大した事ではないように思えてきます。

 

東北の人々のためにも私たちが元気で頑張らないといけません。

 

私にも家族が居ます。

気を取り直して頑張るしかありません。

 

とある本を読んでいると客層を絞る事がいいと分かりました。

今まさに私がガチガチさんの施術をしたいと考えている事がそうだと気づきます。

 

そして大切なのが一目でわかるキャッチコピーです。

 

これは本当に苦労しました。

なかなか浮かんでこない。

 

当時から専門店が流行っていました。

 

焼き鳥専門店や餃子専門店、ステーキ専門店、カレー専門店。

それに肖ろうと考えます。

 

そこで浮かんだのが、

「肩がガチガチ…コリすぎて辛い人専門」

 

ん〜ちょっと長いな〜と感じながらも、

これを看板にしてチラシにしてみました。

 

それなりに反響はありましたよ。

 

ただ、もっと短くインパクトあるものにしたかった。

 

少しずつ売上を戻しつつあり、一人サロンなのでそれなりの生活をしていました。

決して裕福ではありませんが。

 

そんな時に一階路面店に空きが出ました。

もともと創業当時から路面店でサロンをやりたいとの思いが強かったので、

この情報に即断です。

 

当時のサロンは一人でやるには広すぎる感があり、

家賃を無駄に支払っているように思えていました。

 

今の半分程の広さになる一階路面店。

それでも一人には十分です。

しかも家賃が一階路面店の方が安い事が分かりました。

 

という事で移転決定です!

 

商工会の融資担当者に相談します。

 

会員になってちょうど5年なので実績問題なし。

私の熱意が伝わったのか前向きという事で即OK。

 

これが私個人の信用だけで初めて受けた融資です。

 

今度は私一人のサロン作りです。

全て私のためだけに設計します。

 

お店を作る作業は何度やっても楽しい。

今までの経験を活かして、お客様がより快適に過ごせるように、

お客様が入店しやすいように設計しました。

 

看板とチラシは前回作ったところでしたが、再度作り直します。

いいキッカケなのでキャッチコピーを練り直します。

 

紙に書いていきます。

 

硬い筋肉

ガチガチ

辛い

痛い

効く

ラク

………

 

それぞれに専門をつけて発声してみます。

 

ガチガチセンモン、

ガチガチせんもん、

ガチガチ専門

 

きたー!!

ガチガチ専門!!!

 

この時なんの迷いもありませんでした。

ものの見事なスッキリ感!

 

インパクト、絞り込み、分かる人には分かる。

 

ガチガチ専門の誕生です!!!

 

看板、チラシ、ホームページにと掲載していきます。

 

看板を店頭に掲げます。

 

通行人が、見るは見るは。

 

不思議そうに見る人、食い入るように見る人。

 

「私ガチガチやねんけどー」とお客様が来店されます。

 

一方で笑いながら見る若者。

 

それでいいんです。

響く人に響けば。

 

今の時代、みんなと同じ事をやっていては成功しません。

業界の常識とはみんながやっている事。

常識で成功するのなら全員が成功するはず。

起業10年後、90%以上の確率で閉店倒産するそうです。

非常識こそが成功するのポイントではないのでしょうか。

 

会員価格も廃止し、全てのメニュー10分1000円に統一しました。

 

値引き合戦中の業界に逆行してやりました(笑)

 

この大胆な変更は一人だからこそ出来たのだと思います。

とにかくガチガチさんに来ていただきたいんです。

ガチガチさんはコリがよく分かるし、ほぐれていく過程も手に取るように分かります。

何より反応がいいから気持ちいいんですよね。

 

そしてガチガチ専門店にした事で大きく変わったことがあります。

 

それはお客の層です。

 

本当に辛い人、この不快な症状をなんとかしてほしい!と願っている人。

こんな人たちばかりが来店されます。

「あの〜肩が辛くて…、なんとかなりますか…」

こんな感じで来店されます。

 

私たちも人間です。

困っている人を見ると助けたくなります。

何とかしてあげたいと強く思えます。

 

言っておきますが、別に偉そうにしたいのではありません。

高圧的なお客様や、クレーマー的なお客さんが来なくなったのです。

これって、セラピストにとって精神衛生上いいですよね。

非常にやりやすいです。

施術に集中できるし、イヤな思いをしなくなりました。

 

これは料金設定を看板に大きく記載している事もきいているのでしょう。

そして「ガチガチ専門」、これにつきます。

誰でも気軽に入れる感じはしませんよね。

それでいいんです。

必要としている人には「飛び込みたくなる」ネーミングなのです。

 

 

 

 

現在はYouTube、アメブロを使って情報発信してたくさんの反響を頂いています。

私も長年苦労してきた「ガチガチさんの壁問題」は、

全国のセラピストさんも同じなんだなと痛感しています。

 

これからも少しでもお役に立てるよう情報発信していきます。

 

たくさんのセラピストさんにガチガチさんをほぐせるようになってほしい。

そして全国のガチガチさんを助けてほしい。

ガチガチさんは私たちが思っている以上につらい思いをされています。

まずはそこから理解して施術に磨きをかけて楽しみながら頑張っていただきたいと思います。

 

これからも全国のガチガチさんが豊かな生活を送れるようにサロン展開してまいります。

ガチガチ専門スタッフが夢を持って楽しく業務につけるように、わくわくする現場作りを行ってまいります。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

どうぞガチガチ専門を末長くよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

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